今月は選挙がメインだが・・・・家族と住むところ。

2009年08月07日

カルメンマキのファンである。

5d536c87.jpg1969年に『時には母のない子のように』(作詞は寺山修司)でデビューした
カルメンマキはあまり知らない。
今も精力的に活躍していてCDも出している。

1972年には当時18歳であったギタリストの春日博文らとともに
「カルメン・マキ&OZ」を結成。
このとき私は「FM東京」から流れた「私は風」という曲で
好きになり、ライブには30回以上行った。
グランドファンクレイルロードの前座を武道館でやった際は
前座を見に行った。

今の私しか知らない人には、大学生時代、長髪で黒縁めがねで
ロックファンの私は絶対想像つかないだろう。
最初、ヤマハに入ったのもそのためだ。

そう石丸電気の日本のロックバンドのコーナーは買い占めた。
つぎにはプログレッシブバンド特にピンクフロイドに傾倒した。

当時レコードは400枚以上持っていた。
その「カルメン・マキ&OZ」のサードアルバムとライブアルバムを
ひょんな事から手に入れた。

当時18才のリードギターの春日博文が曲を書き「私は風」は
カルメンマキが作詞した。川上茂幸のベースもすごかった。

1977年の10月18日新宿厚生年金会館でのステージを最後に解散。その年の12月にはサードアルバム『掘戮鯣表。前二作とは打って変わってポップな楽曲が並んだ為に現在まで評価が分かれたものとなっているが、むしろ切々と歌い上げるマキの持ち味が発揮された好盤と言える。 また解散の翌年8月にはシングル盤として『私は風』、そして10月の解散ステージと同年5月の日比谷野外音楽堂のライブ音源を収録した『ライヴ』がリリースされている。

で『ウィキペディア(Wikipedia)』で、中森明菜がカバーしてるのを
ついさっき知った。アマゾンで中古を注文した。DVDもあるみたいだ。

なんて便利な世の中だろう。しかしあのクリエイションの前身、
ブルースクリエイションとレコードを出しているのも今知った。

しかしあれから34年たったとは信じられない。
人も変わっていく。年もとるわけだ。懐かしい思い出にしばし浸ったよ。

410X0WBBPZL__SS500_

tys0130 at 20:26
今月は選挙がメインだが・・・・家族と住むところ。